東京地方裁判所 昭和41年(ワ)11825号 判決 1968年6月08日
原告 石橋生糸株式会社
右代表者代表取締役 石橋治郎八
右訴訟代理人弁護士 中野富次男
同 奈良岡一美
同 三枝基行
同 木川恵章
被告 坂野正忠
右訴訟代理人弁護士 富岡健一
主文
(一) 原、被告間の昭和四一年(手ワ)第三、五八三号約束手形金請求事件につき、当裁判所が同年一二月六日に言渡した手形判決を全部認可する。
(二) 異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告訴訟代理人は「被告は原告に対し八、四七八、六〇〇円及び内三、四七八、六〇〇円に対する昭和四一年六月五日以降、内五、〇〇〇、〇〇〇円に対する同年八月二〇日以降各支払済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
二、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
一、原告の請求原因
(一) 原告は、被告が原告宛てに振出した、(イ)金額三、四七八、六〇〇円、満期昭和四一年六月五日、振出日同年五月一一日、支払地及び振出地東京都中央区、支払場所東京都大和銀行京橋支店、(ロ)金額五、〇〇〇、〇〇〇円、満期同年八月二〇日、振出日同年五月二二日、支払地東京都中央区、振出地東京都豊島区、支払場所東京都大和銀行京橋支店なる約束手形二通(以下、本件手形(イ)、(ロ)という。)を現に所持している。
(二) 原告は、本件手形(イ)を同年六月六日に、本件手形(ロ)を同年八月二〇日に支払場所に呈示して支払を求めたが、いずれも支払を拒絶された。
(三) よって、原告は被告に対し、本件手形(イ)、(ロ)の金額合計八、四七八、六〇〇円及びこれに対する各満期以降その支払済まで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める。
二、請求原因に対する被告の答弁及び抗弁
(一) 答弁
原告の請求原因事実はすべて認める。
(二) 抗弁
(1) 被告は、昭和三一年頃から、横浜生糸取引所の会員で商品仲買人である原告に、同取引所所定の受託契約準則に基づき生糸の先物売買取引を委託してきたが、昭和四一年五月一〇日現在の損益計算において、確定売買差損金三、四七八、六〇〇円、別紙建玉表(1)、(2)記載の被告の建玉(但し、同表(2)の番号13から21の建玉を除く。)についての仮仕切差損金九、六九一、九二〇円を生じ、右建玉に対し、預託している委託証拠金代用の株券(以下、充用有価証券という。)の充用価格は四、四七七、五〇〇円であった。このため、被告は、同月一一日、原告から右確定差損金についてその支払を求められると共に、右仮仕切差損金についても、預託充用有価証券を充当してもなお差引約五、〇〇〇、〇〇〇円の損失の発生が予想されるとして、これに見合う約束手形の振出を求められ、この要請に応じやむなく同日本件手形(イ)を右確定差損金支払のため、同月二二日本件手形(ロ)を委託証拠金の代用として各原告宛てに振出したものである。
右のとおり本件手形(ロ)は、委託証拠金預託契約にもとづいて振り出されたものであるが、右委託証拠金預託契約は次の理由により無効であるから、この無効の契約を原因関係とする手形による請求は法律上許されないものである。すなわち、商品仲買人たる原告は、商品取引所法第九七条及び横浜生糸取引所受託契約準則(以下単に受託契約準則という)の定めるところにより、売買取引の受託について委託者から担保として委託証拠金を徴しなければならず、しかも委託証拠金は金銭もしくは市場性のある有価証券等をもってこれに充てることとなっていて、約束手形の振り出し交付をもって代用することはできないのであから、本件手形(ロ)をもってこれに充てた右契約は無効である。
(2) かりに右主張が認められないとしても、商品取引所法及び受託契約準則は、商品仲買人に、自己の債権担保と委託者の過当投機抑制のため、委託者に対し委託証拠金納入の免除を許さない一方、右目的の達成のため委託証拠金不足の場合、追証拠金を請求する権利(準則第八条第三項)を与え、さらにその不納の場合は、一方的に手仕舞する権利(準則第一三条)を与えており、かかる委託証拠金制度の適切な運用は、商品仲買人に与えられた権利であると同時に、無謀な投機に走り勝ちな委託者に対する義務でもある。そして、商品仲買人が、委託証拠金を徴しうるのに請求をなさず、また請求をしてもその納入のないまま相当の理由なくして手仕舞を延期した場合は、同法及び準則上与えられた債権担保の権利を放棄し、自己の危険負担において売買取引を続行したものというべく、そのために預託証拠金を超えて生じた損失部分については、委託者に対しその責任を追及できないというべきである。これを本件売買取引についてみると、被告は、昭和四一年一月末日頃、仮仕切差損金を含む売買差損金が増える一方で追証拠金の納入が困難となったため、原告会社の取引課長大貫真弘に対し、手仕舞の希望を有する旨を伝えたところ、同人から取引継続を勧誘されたので、手仕舞をせずそのまま取引を継続することにしたが、もはや資力的に追証拠金の納入はできなかった。原告は、このように被告から追証拠金の預託がなく差損金が既納委託証拠金を超えて増加し始めるや、準則第三条を無視し追証拠金を預託しない者には売買取引の指図をなす権限なく原告の裁量で取引をなしうるものであり、これが自衛のため必要であると称して、被告からの指図を全然受けつけずに自ら建玉操作を行い、同年五月一一日以降も自己の判断で新規の建玉(別紙建玉表(2)の番号13から21)をなした外、当時の被告の建玉構成及び相場の傾向から考え、手仕舞を延期すればするほど差損金が増えることを明確に予想し得たにもかかわらず、同年六月以降は被告からの指図がないことを理由に、あえて限月落ちの取引を続け、同年八月二六日に至り最終の建玉を限月落ちで処分してやっと手仕舞をし、その結果、被告の確定売買差損金が一四、七〇五、一二三円となったのである。従って、被告は、預託充用有価証券の充用価格四、四七七、五〇〇円の限度である本件手形(イ)の全額と本件手形(ロ)の金額のうち九九八、九〇〇円につき支払義務があるが、これを超える部分については支払義務を負わない。
(3) 被告は、原告に預託していた充用有価証券の売却代金をもって、本件手形金債務を弁済している。すなわち、(イ)原告は、昭和四二年二月六日付翌日到達の内容証明郵便で、被告の預託充用有価証券を同月一日東京証券取引所の成行値段で売却し、その売却代金四、九二八、三八四円を得た旨を被告に通知して来たので、被告は、同年二月一五日の本訴口頭弁論において、原告に対し右充用有価証券の売却代金を本件手形金債務の弁済に充当する旨の意思表示をした。(ロ)かりに右充当の意思表示が効力なしとするも法定充当によることになり、右売却代金は被告にとって弁済の利益の多い本件手形金債務に充当される。
(4) 以上により、被告は、原告に対し、前記(1)によれば本件手形(イ)の三、四七八、六〇〇円、前記(2)によれば本件手形(イ)の三、四七八、六〇〇円と本件手形(ロ)のうち九九八、九〇〇円の合計四、四七七、五〇〇に相当する手形債務を負担していたところ、前記(3)により充用有価証券の売却代金四、九二八、三八四円の弁済充当により、本件手形債務はいずれにしても全額消滅した。よって、原告の本訴請求は失当である。
三、抗弁に対する原告の答弁及び主張
(一) 被告の抗弁(1)のうち、原告が横浜生糸取引所の会員たる商品仲買人であり、従前から被告の委託により生糸の先物売買取引をなし、昭和四一年五月一〇日現在の損益計算において、被告の確定売買差損金、被告の建玉に対する仮仕切差損金及びこれに対する充用有価証券の充用価格がいずれも被告の主張のとおりであること、並びに被告が右確定差損金支払のため本件手形(イ)を振り出したことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、本件手形(ロ)は前同日現在における未確定(仮仕切)差損金支払のため振り出されたものであるが、その後差損金は確定しているので、被告は本件手形(ロ)の支払義務がある。かりに、本件手形(ロ)が被告主張のように委託追証拠金の代用として振り出されたものとしても、被告主張のように振出の原因関係が無効となり本件手形(ロ)の行使の妨げとなると解すべき根拠はない。
(二) 被告の抗弁(2)のうち、受託契約準則により、商品仲買人が、委託者の証拠金不足の場合、追証拠金の差入れを請求する権利を有し、またその差入れのない場合、建玉の手仕舞をなす権利を有すること、被告の委託証拠金が昭和四一年二月二二日以降不足していたが、追証拠金の差入れがなかったこと、原告が別紙建玉表(1)、(2)記載のとおり被告の建玉を各限月の納会日に反対売買により決済し、最終決済日の同年八月二六日現在、被告の確定売買差損金が一四、七〇五、一二三円となったことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、被告は、原告が準則を無視しまた受託者の義務に違背して相当の理由なく手仕舞を延期した旨主張するも、次に述べる如く甚しく事実と相違する。すなわち、原告は、被告の委託証拠金が不足するに至った昭和四一年二月二二日以降しばしば被告に追証拠金の差入れ及び差損金の支払を催告してきたが、これに対し被告は、従前取引上多大の差益金を得て過大の自信を有していたので、原告に右差損金の支払及び追証拠金差入れの猶予を求め取引の継続を懇請していた。その結果、昭和四一年五月一〇日現在の損益計算が前叙の如くなり、原告はその確定差損金の支払及び仮仕切差損金より預託充用有価証券を差引いた五、二一三、四二〇円につき追証拠金の差入れを被告に強硬に請求したところ、被告は本件手形(イ)、(ロ)を振り出し、なおも建玉の手仕舞を指示することなく、取引の継続を懇請した。そのため原告は、やむを得ずこれを承諾し、その後においてもすべて被告の指図に従って取引し、決済期日に被告より指図のない建玉については期日に決済し、その都度被告に報告してきた。そしてその結果、被告の確定差損金が前記金額となったのである。従って、手仕舞を延期したのは、被告が相場の漸騰を予想して取引の継続を懇請したためであり、また相場の騰落はもともと予見し得るものでなく、被告の指図により取引した以上、その結果につき原告が責任を負ういわれはない。
(三) 被告の抗弁(3)のうち、原告が被告主張のとおり預託充用有価証券を売却しその売却代金四、九二八、三八四円を得たことは認めるが、その余は争う。原告は、昭和四二年二月六日被告に対し、右売却代金全額を被告の確定差損金一四、七〇五、一二三円から本件手形(イ)(ロ)の金額を控除した債務に充当し、その旨被告に通知したものであり、この弁済充当は、原告が被告の預託している充用有価証券につき担保権を有する結果右充用有価証券の売却代金を被告の売買差損金債務のうち、いかなる部分の債務に充当するかの権利を有していることにもとづくものである。したがって、その後になした被告の弁済充当はその効力がない。
四、原告の右充当の主張に対する被告の答弁
原告主張の弁済充当は次の理由により失当であって効力がない。本件の如く弁済受領者たる原告において、その保管中の充用有価証券を売却してその代金を差損金に充当する場合には、弁済者たる被告としては、その売却の事実及び額を知って初めて弁済充当をなし得る筋合のものであるから、前記原告の弁済充当の通知は、単に被告に充当の指定を求めたに過ぎず、弁済の充当そのものとはいえないというべきであり、かりにそうでないとしても、委託証拠金は継続的売買取引委託の場合でも、個々の売買取引について納入され個々の取引による差損金債務をそれぞれ担保する関係にあることは、商品取引所法及び委託契約準則の規定(例えば、準則第八条、第一五条、第二三条)により明らかである。そうすれば、委託証拠金は、継続的取引につき便宜一括して預託されている場合でも、観念的には成立の古い売買取引から順次新しいものへと各差損金を担保しているものであり、原告の弁済充当は、本来古い差損金すなわち昭和四一年五月一〇日までの確定差損金三、四七八、六〇〇円の支払手形である本件手形(イ)の手形金及びその後の差損金の支払手形である本件手形(ロ)の手形金債務に充当すべきものを、右以外のその後に生じた新しい差損金の支払に充当したものであり、これは強行性を有する同法及び準則に違反し無効である。また、右が理由ないとしても、被告は前記のとおり昭和四二年二月一五日の本訴口頭弁論において、これと異る弁済充当の意思表示をしているから、これは原告の弁済充当に対し直ちに異議を述べたこととなるので、原告主張の充当はこれにより失効し、被告の充当が効力を生ずることとなる。
第三、当事者双方の証拠関係≪省略≫
理由
一、原告の請求原因事実は、当事者間に争いがない。
二、そこで、被告の抗弁について判断する。
(一) 原告が横浜生糸取引所の会員たる商品仲買人であり、従前から被告の委託を受けて生糸の先物売買取引をしてきたこと、昭和四一年五月一〇日現在における損益計算上、被告の確定売買差損金が三、四七八、六〇〇円、別紙建玉表(1)、(2)記載の被告の建玉(但し、同表(2)の番号13ないし21を除く。)に対する仮仕切売買差損金が九、六九一、九二〇円であって、右建玉についての預託充用有価証券の充用価格が四、四七七、五〇〇円であったこと、及び本件手形(イ)が右確定差損金支払のために振り出されたことは、当事者間に争いのない事実である。
(二) そして、≪証拠省略≫と右当事者間に争いのない事実とを綜合すると次の事実が認められる。
横浜生糸取引所の会員で商品仲買人である原告は、昭和三五年頃から被告の委託に依り引き続き右取引所における先物売買取引をしてきたが、昭和四一年一月末頃から右取引に因る被告の仮仕切差損金を含む売買差損金が増加し、被告の差し入れた委託証拠金に不足を生ずるようになったので、同年二月末頃からしばしば被告に対し追証拠金の差し入れ及び確定差損金の支払を求めていたところ、これに対し被告は、従前の取引上かなりの差益金を得ていたことから、確定差損金の支払及び追証拠金差し入れの猶予を求めて取引の継続を懇願していた。
そこで、同年五月一〇日現在の損益計算の結果、確定差損金三、四七八、六〇〇円、別紙建玉表(1)(2)記載の被告の建玉(但し同表(2)の番号13から21の建玉を除く)についての仮仕切差損金九、六九一、九二〇円、右建玉に対する預託充用有価証券の充用価格が四、四七七、五〇〇円となったので、同月一一日被告は原告の求めにより、右確定差損金支払のため本件手形(イ)を原告宛に振り出し交付し、他方、別紙建玉表(2)の番号13ないし21記載の建玉の新規注文を出すと共に、さらに続いて同月二二日右仮仕切差損金と預託充用有価証券の充用価格との割合からみて、今後の取引継続に因り原告が被告に対し取得するであろう将来の確定差損金債権支払担保のために本件手形(ロ)を振り出し交付し、その代り委託証拠金の追加差し入れなしに継続して取引を行なうこととなった。
そしてその後原告は、被告の手仕舞の指示もなく、また証拠金の追加差し入れのないところから、別紙建玉表(1)(2)記載のとおり被告の建玉を各限月の納会日に反対売買により決済し、その都度これを被告に報告し、最終決済日の同年八月二六日には被告の確定差損金は一四、七〇五、一二三円となった。
≪証拠判断省略≫
(三) 右認定事実によると、本件手形(ロ)の振り出し交付が、経済的にこれをみると、被告のいうように委託追証拠金代用の機能を果していることは疑いないが、法律的にこれをみれば将来その発生を予想される確定差損金債権の支払担保のためのものであり、前記五月一〇日以降八月二六日までの取引のうち、前認四、四七七、五〇〇円の充用有価証券の充用価格を超えるに至った分の取引については委託証拠金の預託がなかったことに帰するというにすぎない。
ところで、商品取引所法第九七条第一項は、「商品仲買人は、受託契約準則の定めるところにより、商品市場における売買取引の受託について、委託者から……担保として委託証拠金を徴しなければならない。」と規定し、≪証拠省略≫によれば、横浜生糸取引所受託契約準則第一〇条第一項に「委託証拠金は、市場性のある有価証券または本所で受渡しができる生糸の保管を証する倉荷証券をもって充用することができる。」との規定、及び同準則第八条第三項に「委託追証拠金は、委託を受けた売買取引がその後の相場の変動により、損計算となった場合において、その損計算額が委託本証拠金の半額を超えることとなった場合に徴することができるものとし、その額は、当該損計算額の範囲内とする。ただし、追証拠金を徴する場合には、その徴する事由の発生した日の翌営業日の正午までとする。」との規定の存することが認められる。
そして、右各規定は、受託者に委託証拠金の預託を受ける行政上の義務を課することに依って、直接的にしかも法律的には受託者の委託者に対する債権担保の権能を果すことを目的とするとともに、間接的かつ経済的にはこれによって委託者の過度の投機を抑制することを目的としているものと解釈されるのであり、このことは、右規定違反の効果として商品取引所法第一二三条が、主務大臣が右違反者たる商品仲買人に対し、その与えた売買取引受託許可の取消、六月以内の期間を定めての売買取引もしくはその受託の停止等の処分をすることができる旨を定めているに過ぎないことからも明らかである。
したがって、右各規定は、委託証拠金の預託なくして行われた委託契約の私法上の効力をなんら左右するものではないのであり、これと反対の見解に立つ被告の抗弁(1)は到底採用の限りでない。
また前記認定事実によると、本件手形(ロ)振り出しの後、被告は手仕舞の指示をすることなく取引の継続を求めていたので、原告は委託追証拠金のないままやむを得ずこれを承諾し、さらに被告の売建買建の手仕舞指示のないところから、別紙建玉表(1)(2)記載のとおり被告の建玉を各限月の納会日に反対売買により決済し、その都度これを被告に報告したというのであり、≪証拠省略≫によれば、原告の右決済は、原被告間を規律する受託契約準則第一三条第一五条に従った適法なものであり、これについて原告の右処置を違法なものとするなんらかの事情の存在を認めることのできる証拠はない。したがって、被告の抗弁(2)もその理由がない。
(四) つぎに、原告が昭和四二年二月一日被告から預託を受けていた充用有価証券を東京証券取引所における成行値段で売却し、その売却代金四、九二八、三八四円を被告の前認確定差損金一四、七〇五、一二三円から本件手形(イ)(ロ)の手形金合計八、四七八、六〇〇円を控除した残額六、二二六、五二三円の弁済に充当し、同月七日被告に対しこの旨を通知したことは当事者間に争いのないところである。
そして、本件受託契約準則である乙第六号証の記載からみると、充用有価証券の預託は、当該有価証券を目的とする清算的譲渡担保契約であり、右担保物は委託金と同様個々の取引について差し入れられ、その取引に因る売買差損金の支払担保となるのが原則ではあるが、他方当事者の取引委託の関係が継続的なものであるときは、委託者から一年を超えない期限をもってする委託証拠金のその都度返還を要しない旨の書面による申出があるときは、委託者の請求あるまでこれが返還を要しないものとすることができることとなっていて、この場合には継続的な取引関係から生ずる一団の額の定まらない差損金債権を包括的に担保することとなるものである、ということができる。
そして、前記理由二の(二)において認定した事実及び弁論の全趣旨に依ると、原告が昭和四一年五月一〇日現在において被告から預託を受けて占有していた充用有価証券は、右当時における確定差損金債権及びその後に生じた確定差損金債権をも包括的に担保するものとなっていたものと認めるのが相当である。
そうだとすれば、原、被告間に継続的取引関係のあったことについて当事者間に争いのない本件において、被告の預託充用有価証券は別紙建玉表(1)、(2)記載の各建玉について生じた売買差損金を一括して担保するというべきであるから、原告の前記充当が受託契約準則に違反するとの被告の主張は理由がない。また、その余の被告の主張は、弁済者たる被告に弁済充当の指定権のあることを前提とする主張であるが、前叙のところから明らかである如く、原告の前記充当の通知は、民法所定の債権者による弁済充当の指定ではなく、譲渡担保契約によるそれである。従って、担保権者が、数個の被担保債権に対し一個の担保権を有する場合、債務者から一部弁済のあったとき、これを自己に不利益な債権に充当しなければならない義務がないと同様、担保物の換価代金を自己に不利益な債権に充当する義務はなく、かかる場合指定充当に関する民法の規定の適用はないというべきであるから、被告の右主張はその前提においてすでに失当であり、よって爾余の点について判断するまでもなく理由がない。
三、以上の次第で、被告の抗弁はすべて採用できず、前記当事者間に争いのない請求原因事実によれば、原告の本訴請求は理由があり認容すべきであるから、これと符合する主文掲記の手形判決は、民事訴訟法第四五七条第一項によりこれを認可し、異議後の訴訟費用は同法第八九条、第四五八条第一項により被告の負担とする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安藤覺)
<以下省略>